部位別の症状

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肩 頭 顎 首 骨盤 股関節 膝 プチ筋肉疾患

頭蓋骨変位

症状

頭痛・めまい・微熱が続く

頭蓋骨変位からくる頭痛

「頭が痛くて死にそう」と、娘の携帯にメールが入った。
もともと頭痛持ちの彼女、病院・薬と大の仲良し!!しかし、病院で検査をしても「異常なし」。彼女は、「こんなに痛いんだからどうにかしてよ」「もしかしたら髄膜炎かも?」と、髄膜炎の検査もして、これ以上強い薬は無いという薬を貰って帰った。
けれど、飲んでも効かない。この世の終わりの様なメールが届く、娘に薦められ来院。
いつもなら元気な声で「おばちゃんこんにちは」と入ってくるのに、挨拶の声も聞き取れない程細々とした声。顔を見ると眉間にしわをよせ、おでこに青筋を立てている。
「頭蓋骨だね、寝てごらん」。しばし頭蓋骨のずれを治していると、「痛いのがとれた」と、突然大きな声で叫んでいた。「やっぱり、おばちゃんの手は魔法の手だ」「ありがとう」と、娘を連れ立って食事に出掛けていきました。後日、検査の結果は「異常なし」だったそうです。

頭蓋骨変位からくる頭痛

中学三年生の彼女は、頭痛で満足に学校へも通えない。
遅刻・早退は当たり前、睡眠薬・安定剤を服用し、もう5年になるという。
よくよく話を聞くと、幼稚園に通っていたとき、すべり台から落ち救急車で病院へ。検査を受け異常なしといわれた。
事実、幼稚園は無事卒園できた。
小学校に入学してから喘息で4年間苦しみ、喘息が治ると同時に頭痛が始まる。15箇所の病院へ通院。どこへ行っても、睡眠薬・安定剤をだしてくれただけ。その他にもだしてくれた薬を全部飲ませて1日でも早い回復を願っていたという・・・
ベッドに横になり、頸椎・顎関節・頭蓋骨へ手が移り、頭蓋骨3手目のとき、私の「これだ」と、彼女の「頭に酸素が廻っていく」が同時でした。
それと同時に顔が真っ赤に変化。その後、骨盤を調整している間に血色は元に戻りました。
治療が終わり、「気持ちよかった」という言葉を残して帰宅。
5日後来院した彼女が、「この前治療してもらった次の日、遅刻しないで学校へ行けたの、そしたら友達に(どうしたの?)って言われちゃった。」と、嬉しそうに話す。
お父さんが迎えにきたときに「何か変化はありましたか?」と、聞くと「何より遅刻しないで元気に学校へ通っていることです。それと、睡眠薬・安定剤を手放せないでいたのに、今では薬のくの字も言わずに寝ている。この10年間というもの、すっかり薬漬けになっていたもので・・・」
薬によって筋肉が萎えてしまっているので、もう少し治療が必要ですが、この治療でここまで元気になった姿を見て「この仕事を続けていて良かった」とつくづく感じた一週間でした。

頭蓋骨変位からくる1年以上続いた微熱

治療中の男性がふと、
「家の女房もそれかなぁ。ここ1年体温計をポケットから離さない。
事ある毎に体温を計っている。
仲間に頼んで色々検査したが、どこも悪いところはないと言うけれど、本人は微熱が続くと言っている。」
彼は歯医者さんで、隣で治療中の私の話を聞いて声をかけてきた。
「1度連れてきてみて。もしかすると頭蓋骨かもしれないから」
「うん、2、3日以内に連れて来るよ」
次の日、奥さんと娘さんを連れて来院。
頭蓋骨をまさぐること20分。すやすやと寝息が漏れてきた。
それを見ていたご主人が「あれっ、もう寝ている。女房は神経質で、旅行に行ってもなかなか寝付けず、旅行を途中で切り上げて帰ってくるのがしばしば」だという。
治療後、目を覚ました彼女は
「すっかり寝ちゃった。あらっ、熱が下がってる」「久しぶりに、すっきりした。もう体温計はいらない」と、ご主人に体温計を渡した。
するとご主人が「記念に体温計をここに置いていく」と、受付に体温計を置いて出て行った。
以来、見えていないので、元気に過ごしていることでしょう。

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顎関節変位

症状

アゴがポキポキ鳴る・口が開けにくい(開かない)・耳鳴り・歯の噛み合わせが悪い・腰痛・不眠症・自律神経

顎関節変位からくる不眠症

不眠症で1件の病院で出される薬では足りず、2件の病院から睡眠薬をもらって飲んでも1時間か2時間しか寝ることができないと、まるでパンダのように目の周りを真っ黒にした女性が来院。
歯医者さんには一度も行ったことがないという。
「何かあったと思うけど心あたりは?」「そういえば8年前、店のオープン前に招待客を接待していたとき、栓抜きが見当たらなくて歯でビールの栓を抜いた。
その時口が閉じなくなり、お客さんが顎を下から突き上げるように叩いてくれて口が閉じた。
そんなことがあったわ」その時顎関節をずらしたようだ。
顎関節の治療が終わると同時に、大いびきをかき始め、そのいびきは1時間続いた。
迎えにきたご主人もビックリの状態。
首周りほぐしをしただけだが、目を開けた時には目の周りのパンダは消えていた。
ご主人がお茶を飲み、支払いを済ませる間も大いびき。
たった1度の治療で、長い間の苦しみから解放された典型的な症例です。

顎関節変位からくる噛み合わせ

お母さんのお供で小学2年生の女児がソファーで座っていた。
少しするとお母さんとお話しを始めた。
その時口の中の異物を発見し、
「お姉ちゃん、口の中に何か入っているの?」
「この子、歯のかみ合わせが悪くて治療中なんです。」
「歯並びが悪いなら美的感覚の違いで何とも言えないけど、噛み合わせが悪いのは顎関節がずれてるからでしょ?」
「お姉ちゃんこっちへ来て、ベッドに寝てみて」
「ちょっと触らせてね」
「ほら治ったよ」
「ほんとだ、お母さんここがガクガクしなくなったよ」
「あら、助かった。今後中学卒業時と成人してからと、2回やらなきゃいけなかったの。今回は10万円で済んだけど、あと2回で90万円、合計100万円かかる治療だったの助かったわ」
「お母さん、物を食べた後、ゴマ粒ひとつ歯に詰まっても、うっとうしくて爪楊枝で取れるまで突っつくでしょう。それを治療といって24時間つけていたら、神経おかしくなるよ」
「そういえばそうね、明日歯医者さんに行って外してきます」
次の日の夜電話で「昨日の○○です。歯医者さんへ行ってガクガク言わなくなったので外してくださいと、言ったら(噛み合わせを見て)うん治ったようだね、一週間後にもう一度診てよかったら外そう、と言われ、一週間くらいならいいかと思い帰ってきました。」
「一日も早く外したほうがいいけれど、一週間くらいなら大丈夫でしょ。ただし、歯医者に行く前に一度診せてください。」
一週間後、「これから外しに行ってきます」と、娘さんを連れて来院。顎関節異常なし。
「帰りにもう一度寄ってください」帰りに寄った女児の顎関節ははずれていた。
顎関節を治し、帰宅させました。

顎関節からの不眠症

(群馬県在住・・・当時50代)
一ヶ月程不眠が続き、大病院へ入院し改善がないまま退院・・・
退院時担当医にあいさつに行くと「すぐ入院するようになるから荷物はそのままにしておいた方がいいよ!内科では治療する所がないから精神科へ行きなさい。」と言われ驚愕とされた様です。
自宅に戻りご主人はすぐに図書館へ行き不眠のことを取り上げている本を5冊借りてきたそうです。
一番上に乗っていた本『痛みをもとから断つ腱・筋療法』を読んでいると顎関節症が目に止まり読み進んでいくうち「そうだ!私は2年ぐらい前から食べている時顎がガツンガツン鳴っていたが不眠症になる少し前から音がしなくなったと同時に出っ歯にもなったんだ。」そんなことを思い出し本も途中で当院へTELが有り数日後来院されました。
当院へ着くなり先の病院でのやり取りを泣きながら消え入りそうな声で訴えました。
まず頸椎変位を治し顎関節を診たとき左右共関節が外れ外側に変位していました。
顎関節が治り骨盤変位を診ていると「お父さん声が出るようになったよ!」
その後治療に入るとスヤスヤと寝息を立てていました。
半年近く睡眠薬と安定剤を服用していたために筋肉がゆるんでいました。
「薬が治療にどれほど邪魔するか解りませんが30~50回位で完治できますよ。」
一週間後に見えた患者さんはまるで別人の様に元気でした。

その後30回程で完治し今は年に1~2回健康維持の為にみえています。

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頸椎変位

症状

首痛・めまい・吐き気・首が廻らない・肩こり・自律神経・メニエール

頸椎変位からくる首痛

当時、月・金曜日の休診日に勉強会(教室)を開講していた。
そんな勉強会の日に、ひょっこり70代半ばのお父さんが入ってきました。「実は体は元気なんだが傷痍軍人なんだ。戦争中飛行機が二度も墜落したんだ。以来、首を痛めて今日まで、色々な病院へ通ったが治らなかった。現在通っている病院の行き帰りに、おたくの広告を見ていていつか行ってみようと思ってね。今日は回り道をして寄ったんだ。」
「50年もの間辛かったでしょう。今日は休診日なんだけどせっかく来てくれたんだから、診てみましょう。ただし一時間半だけね。」触診してみると筋肉はしっかりしているけれど、骨のまわりは太く堅くなっていた。触診すること30分、薄紙をはがすように緩み、30分、40分、50分、一時間も触っていると、骨のまわりを取り巻いていた肉はすっかり取りのぞくことができた。
頸椎の治療に入ろう、しかし今度は椎間板が固まって首を動かすことができない、ゆっくりじっくり首を延ばし30分、やっと苦しめていた頸椎変位を治すことができた。
「お父さん長い間苦しんだ首は1時間半じゃちょっとたりない。もう一回、今度は3時間の予約を取って来院してください。それで完治できるから」「うん、首で苦しみだして50年、やっと光が見えたよ。ところで、明日来るけど空いてる?」「明日はいっぱいだけど、次の日なら空きがあるよ」「うん何時でもいいから明後日くるよ。久し振りに首が前にコクンができるよ」と帰っていった。
次に来院したときは、すっかり顔色が良くなり、目の動きも自然な動きになっていた。首周りを中心に身体全体を緩めること3時間、すっかり正常な体になった。
「でも、俺復員してから今日まで50年、一度も職についたことがないんだけど、この年になってやれる仕事あるかな?」「お父さん50年もの長い間苦しんだんだもの、ゆっくり余生を楽しんで、その後やれることから気軽に始めてみたら」「うん、そうする。これからが青春だ!!」「その調子で頑張ってください」送り出す私の目に光るものが・・・

頸椎変位からくるロボット状態

お婆ちゃんに連れられて大学生のお孫さんが来院。
入ってくるとき、お婆ちゃんに手を引かれ「ここに敷居があるよ」「ここで靴脱いで」「段差が少しあるよ」と、足元を見て一つ一つお孫さんに伝えている。見ると顔は能面のように表情がなく、首を前後左右に動かせないようだ。
ベッドまで誘導し、寝かせて理由を聞くと、「友達と一緒にふざけていたとき、座ったまま後ろへゴロンと倒れ、床の段差で首を打った。」という。半年の間、色々な治療をしたがだんだん固まってしまった、という。まるで丸太のようになっている首を触診すること30分。すっかりリラックスしている彼女はトロトロ居眠りを始めた。その時、触診中の指先にかすかに突起が。心の中で<貴方が出てきたということは貴方が原因ね!これから治療するから言うことを聞いてね>と、骨と心の中で会話。
トロトロしている彼女には、黙っていきなりアジェストを施した。「痛い」と、一言いったと思ったら大粒の涙がポロポロ。「ごめんね、これから首を動かすよと貴方に言ったら、おそらく抵抗されると思ったから抜き打ちでやったの、この次やるときはちゃんと声かけるからね」といいながら触診を続けていた。丸太のようだった首がたった一度のアジェストで普通の首に変わっていた。頚椎のずれは3ヶ所、治療の後、頭のほうまで固まっていた筋肉を治療すること30分。
ごくごくあたりまえに動くようになり、痛みも取れ、出されたお茶を飲みながら話をするとき、体全体で向きなおしており首を動かそうとしない。「もう治ってるんだから首を動かすこと。また固めちゃうよ」うん、とうなずくが話しが始まるとまた、全体で向きを変える。「この癖があると、もう一度くることになるよ」「でも、もう一回くれば癖も直ってるいるだろうから」。
案の定一週間後に来院。「一人で来ました。やっぱり固まっちゃった。」「やっぱりね、でも今度は簡単よ。」ベッドに横になり、一ヶ所のずれを治すと「あ、治った」と大きな目を見開き「先生ありがとうございました。」と頭を深々と下げ、お茶も飲まずに飛び出して行きました。「これからデートなの」お幸せに・・・

頸椎変位・顎関節変異からくる肩こり

小学生の孫が、肩こりがひどくて毎日母親が揉んでいるという。
「○○さん一度お孫さん連れておいでよ。顎と首診ておいたほうがいいと思うよ」「予約しないでいいから○○さんが来るとき一緒に連れてきて」次の治療時、一緒に来たお孫さんはもう、ひょっとこ顔になりだしていた。お孫さんの治療を先にすることに。頸椎を治し顎関節・頭蓋骨と治療すること10分。「お姉ちゃんもう、肩凝り取れたでしょ。口の中のガクガク音もなくなったでしょ。ほら、顔も真っすぐになったよ。あそこに鏡があるから見ておいで」「はい」と元気に鏡の前へ。「あ、顔が変わっちゃった。なんか変、自分じゃないみたい」
ところが、お婆ちゃんの治療中、出されたジュースを飲みながら、自分で首を右へ左へ<ポキポキ>「コラー何やってるの、そんなことやってるとまた骨が動いて肩凝りになるよ。もうやっちゃダメ」「だって塾の先生が音が出るまでやりなさいって、頭がすっきりするからって」勉強を始める前に全員にやらせるという。とんでもないことをやらせる先生がいるもんだ。子供の体がおかしくなっちゃうよ。まだ骨が育っていないのに、今から子供達にそんな癖をつけて何を考えているんだろうか?」お婆ちゃんは「お母さんに塾の先生にやめさせるように言っておきます。」と。
しかし、治療の間、本を見ながらごく自然に首を左右に振っている。「お姉ちゃん肩凝りが辛いという前に、首のポキポキやめようね」テレビなんかを見ていると俳優やアイドルが「僕、整体できるよ」というなり隣の仲間の後ろに回り、触診もなくいきなり首を<ポキ>。やられた方も「気持ちいい」。テレビの前で見ている人がいることを考えてほしい、同じ事をやり、事故を起こしている者が少なからずいることを。

メニエール氏病の発作を…

(病院の看護士・・・当時50代女性)
発作を起こし大トラ状態で二人の肩に担がれて来院
「ベットに横になれますか?」と聞くとご主人が『ううん駄目!』
「これ一体どうしたの?」『メニエールの発作で気を失っています。』
「じゃあベットに腰掛けさせてご主人は膝を押さえてて下さい。」そういう間にも私の頭の中は治療法をどう変えるかめまぐるしく動いていました。
患者さんの後ろに廻り頸椎を治すこと1~2分
「はい!もう大丈夫ですよ。うつぶせに寝て下さい。」『はい!』気を失っていた患者さんが小さな子供の様に高い声で返事をし自らベットに上がり横になったのです。
それとほぼ同時にスヤスヤと寝息をたて始めました。
首の治療を始めた頃ご主人が語り始めました。『実はもう3年もこんな状態が続いているんです。しかし今日の暴れ方はいつもとちょっと違い鍋釜まで放り出す勢いだったんです。いつもは布団をかぶりじっと発作が収まるのを待っていたのになんで今日はあんなに暴れたのか分かりません。ずっと診て頂いていた病院の院長に相談に行くと「ご主人も長い間面倒を見ていてこの状態では限界でしょう。私どももやれる事はすべてやりました。あとは精神科に任せましょう。ここに書いてある品物を用意し準備が出来たらTEL下さい。救急車を廻します。」と言われました。』戻ったご主人の話を聞いた隣の奥さんが「近所に出来た整体屋さんこの病気が治るか分からないけど評判いいみたいだから行ってみる?」『うん!行く!』というやり取りがあり来院されたようです。
治療を始めて20分位した時患者さんが目を覚まし「私こんな所で何をやっているの?」「お前の発作が起きて○○さんが紹介してくれた健生さんで診てもらっているところだよ!」するとムクッと起き上がった患者さん隣の奥さんの履物を履いて一人でとっとと帰ってしまったのです。隣の奥さんは当院のスリッパを履いて帰りました。(来院時裸足で引きずられて来ていたようです。)
後日お寿司屋さんへ行ったとき先客が2人おりご主人からの丁寧なご挨拶を頂きました。
すると隣の女性(奥さん)「お父さん誰にお礼を言ってるの?」「お前が発作を起こした時治してくれた健生の先生じゃないか!」私は頭の中でああ~あの時の患者さん!自分が取った行動・行った治療が正しかったと実感していました。
私の思いはさて置き又してもきびすを返すように店を出ていってしまったのです。
その後中華屋さんで注文が終わったとき女性が近付いて来ました。
「2度に渡り大変失礼致しました。その節は大変お世話になりました。
実は私は○○都立病院の副看護婦長をしています。治して頂いた後半月ほど様子を見て復職しました。でも病院で復帰挨拶をする私に返って来た言葉は”ああ、お帰り元気になって良かったね!”でした。誰一人どうやって治したの?と聞く医師がいなかったこと看護師として情けなかったです。と同時に医者でも治せない難病を民間療法で治して頂き良さを初めて知りました。ありがとうございました。」

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骨盤変位

症状

腰痛・足のしびれ・歩幅が狭い・足が開かない

骨盤変位からくる腰痛

4、5年前に腰痛で来院した彼女。
久し振りに懐かしい名前を聞くも、今にも泣きだしそうな声で「先生、私立てなくなっちゃった。腰が痛くてもう駄目」お母さんが電話を取り、一人で行ける状態じゃないので、車で送ってくれる人を探してから電話します。」
電話から2日後、3人に付き添われて来院した彼女は、二人に両脇を抱えられて入ってきた。施術中、色々と話をしながら原因を探っていく。。。「前にきたとき色々注意をしたけど、それは守ってるみたいね。だけど何かあるはず。家は持ち家?借家?」「持ち家です」「リフォームしてない?」「2ヶ月前にリフォームしました」「お風呂も?浴槽が大きくなったんじゃない?」「よくわかりますね~!浴槽が大きくなって気持ちいいから、つい長湯をしてしまうんです。」
「原因は浴槽だ」「え!」「あなたの身長じゃ寝ないとつま先が向こうにつかないでしょ。その姿勢が駄目なの」「どうして?」「尾骨がつっかい棒になって骨盤を上げちゃう。ましてや体が温まっている分、どうぞ動いてくださいと言っているようなものでしょう」「どうしたらいいの?」「足の方に風呂椅子を横にして置き、そこに足をつけるようにしないと、また骨盤を動かしちゃうわよ」「そうか、ソファー・車・床暖房と、姿勢を注意されたけど、考えればお風呂も一緒なんですよね」「そうよ。でも、今まで注意されていたことを守れたんだから、入浴法だけ注意すれば大丈夫」
帰りは明るい顔で一人で帰っていった。一番くつろげるはずのお風呂で、このような落とし穴があったのです。皆さんも気をつけて下さいネッ。

骨盤変位からくる萎縮 足が開かない

独身時代バレーボールで活躍していた彼女。
引退し気づいたら両足が広がらなくなっていた。「結婚をしたが、子供を作ることが出来ない!!背骨が歪んでいるが、そちらはいいから足が開くようにしてほしい」と、来院。背が高く筋肉はしっかりしているが、靭帯が思いのほか収縮していた。骨盤を治そうにも、鼠径靭帯が収縮していて治すことができない。
週1回通い続けて2年が過ぎた頃、「先生妊娠しました。帝王切開しなくても出産できますか?」「ここまでくれば大丈夫!!うつ伏せができる間は通ってください。」妊娠4ヶ月まで通い、出産直前に骨盤を治しに来院。無事女の子を出産。1年8ヶ月後、再来院。
2年の治療が続いた「先生、妊娠しました。私は先生のおかげで、二人の子宝に恵まれました。ここを知らなかったら、子供はあきらめていたと思います。」「その言葉が何よりのプレゼント、元気な赤ちゃんを産んでください。」出産直前に骨盤調整で来院し、今頃2人目の赤ちゃんを抱っこしていると思います。がんばれママ。

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股関節変位

症状

足痛・歩行困難・腰痛・階段の上り下りに手摺りが必要

股関節脱臼からくる腰痛

中学生くらいの息子さんと来院。玄関に入るなり「お前は帰っていいよ」「せっかく来たのに、お兄ちゃんジュースでも飲んでいきなさい」「うん、ありがとう」「でも、どうして一緒に来てもらったのに帰すの?」「うん、始めていく場所は1階か2階かわからないから、いつも連れていくんだ。2階だと手摺りがないと上がれないから、後ろから押してもらうんだ。」「それ脱臼してるんじゃないの?」「俺は小学校5年生のときに、馬跳びで跳び乗った馬が潰れて大開脚をして以来、病院に1ヶ月入院して、帰る時はもう今の歩き方になっていたよ。以来45年間、100軒を越す整形・骨接ぎ・カイロ・マッサージと、かかり続けているけど病名を言われたのは初めてだよ。ところで、脱臼としてここで治せるの?」「何回来れば治せるとか、いつ治るとかは、今答えは出せないけど、必ず治せると思うよ」
一時間半のほぐしの間、下半身は萎えに萎え、上半身と比べると肉づきは大人と子供程の差があり、背中は3、4cmくらいの鉄板を張り、皮膚を上にかぶせたといえるほど、カッチカチの上半身でした。
ほぐしが終わったとき、「下半身をこんなにもんでもらったのは初めてだよ。楽になったよありがとう」と、次の予約を1週間後に入れ、2度目は特に変化なく終了。
3度目の治療終了5分前に足の運動法をしているときに手応えが。「入ったみたい」「うん、入ったみたい。足に血が流れていくのが分かる。足が温かくなってきた。」「こちらももう1回やってみるね」「うん」と力強い返事。治療の終わっていた左足の運動法をやり始めてすぐ、2人同時に「入った」と、声が上がった。3回目の快挙となった。
しかし、下半身の筋肉は萎えたままの歩き方は以前と変わらない。「明日病院のリハビリ科の主任が来るから、どうやったら筋肉を起こせるか教えてもらいにいらっしゃいよ」「うん、来るよ」
翌日、「股関節は入っているね。ここの筋肉の起こし方は・・・」お礼に2千円支払い帰宅。
次の週に4回目の治療にみえた。「この前教わったリハビリ、俺には無理だよ」教わった運動法を聞き、私流にアレンジした方法を教えた。「背中にしょってた鉄板どこへ捨ててきたの?」「うーんと楽になったよ、ありがとう」と、帰宅以来14年、その後一度も来院していない。
元気にお店に(八百屋さん)出ていることでしょう。ほぐし当時に教えられた脱臼の治療法、今思い返すと腱・筋療法を始めていれば、辛いリハビリを長々続けなくても治療で治せたものを・・・

股関節脱臼からくる歩行困難

彼女は17年間、家の中以外で歩くことが出来なかった。友人に紹介され来院。
17年間で一億円を越すお金を使ったそうです。薦められればどこへでも出かけて行き、ある時は1千万円の壺を売りつけられ、またある時は、朝鮮人参が良いと言われ、3つ貰うと言えば、後日ダンボールで3箱(540万円)届いたそうです。それもこれも含め一億円。
車の通りから一軒奥に家があり、車通りへ出るまでの20mくらいをやっとの思いで歩き、どこへ行くにもタクシーを使って移動し、家の中でも杖を突いて歩く状態でした。当院へもタクシーを乗り付けて来院。
両足とも股関節脱臼でした。
股関節・骨盤に整体を施しただけでトイレに行くとき杖を必要としませんでした。当方の診断は、両股関節を同時に脱臼させていたので、他に筋肉の移動もなく萎えている筋肉をしっかりさせる治療をするだけ。帰宅時(当院から最寄駅まで)健康な人の足で5分のところを、40分かかったが歩いて行けた。17年振りに自分の足で外を歩いた。
6月に来院した彼女は、正月には鎌倉八幡宮へ行き、人出の多さに駅から引き返すが、次の年同じ鎌倉の山門まで行くことができた。その次の年はなんと、お賽銭を入れることができた。その間、北海道の雪祭りへ出向いたり、フランスの凱旋門をくぐったり、広島へ・・・と、徐々に行動範囲が広がり、日々筋力が付いていくのが本人にも伝わっていたようです。本人の目安となっている駅までの所要時間が「今日は30分、今日は20分で、最後は5分で着いた。もう大丈夫ですね」と言われた時には、3年の月日が流れていた。
1年目は週に3~4回、2年目は週に2回、3年目は週に1回。その間通院するときは、初回と雨の日、風の強い日以外は電車で通い続けました。治療の時間をとるのは大変だったと思います。今頃は、17年間苦しいでいた分人生をenjoyしていることでしょう。

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膝関節変位

症状

膝痛・歩行困難・足の変形・X・O脚

膝関節変位からくる歩行困難

高校生の彼女、体育の授業でバレーボールをやっていたときに、彼女がボールの上に倒れ込み、その上に友人が倒れてきた。病院に運ばれ、一ヵ月後二本の松葉杖をついて退院。
その後、整体・カイロ両方へ週に一回ずつ通い半年が過ぎ、現在は松葉杖が1本になりよくなっているが、今だ正座ができないと隣組の奥さんが親戚の子を連れて来院。入ってきて帰るまでに5分、ベッドの上向きから下向きへ、足を引っ張って終わり。
「もう大丈夫!!正座してみなさい」「うそ~やだ~ほんとだ痛くな~い」膝関節のズレが原因。「東京にいつまでいるの?」「1週間位遊んでから帰ります」「1時間でいいから寄って頂戴」1週間後、「ベッドで少し電気をかけていてね」遠赤外線を1時間かけた後、骨盤を治して完治。最初の来院時に、膝の治療と一緒に骨盤を治すのは簡単だが、半年の間松葉杖を使用していた癖が残っているうちは骨盤の治療をしても無駄と判断し、東京見物で歩き回ってるうちに松葉杖を使っていたときの癖が直るだろうと思い、帰る前に立ち寄るように言った。すっかり松葉杖の癖もとれて元気に帰っていった。
その夜電話で、「先生骨盤治してないの?」「いや、治してるよ」「今、山形から電話で東京で整体にかかることを向こうの先生2人に言ってきたようなの、その時にどこへ行ってもいいが骨盤だけは触らすな、せっかくここまで良くなったんだから、車椅子になる覚悟があるなら骨盤を触らせてもいい」と言われたので、彼女は膝の事しか言わなかったという。「帰る前に寄らせたのは、骨盤を治すため、松葉杖の癖のあるうちは治療しても無駄だと思ったから帰るときまで待ったの、もうどこにも通わなくていいと伝えてください。」「やっぱりね~ありがと」その後が面白い。「カイロは○○さんの紹介でしょ。整体は○○さんの紹介で困ったわぁ~」「いくら田舎でも、治った者まで通院しろとは言わないでしょう。放っておけば大丈夫よ」と一笑に付した。

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プチ筋肉疾患

症状

だるい・集中力の低下・疲れやすい・無気力・著しい筋力の低下・体重以上に太って見える

年齢を問わず増えている筋肉疾患

定年を2年残して退職し、悠々自適の生活を送っていたある日、荷物を持とうとした時に力が入らない。
自転車でブレーキを掛けようとしたが、指先に力が入らない。
大学病院で検査を受けることに…
「筋肉疾患に間違いないが、それが3つある疾患のどれにあたるか、2週間入院して検査しましょう。
筋肉疾患でも、筋ジス・筋無力症・筋萎縮側策硬化症とあるが、筋ジスではない。ただ2つのどちらか解らなければ薬を出すことも出来ない」と言われた。
「先生、残った2つの病気どちらにせよ、薬で治せるのか?」
「今の医学では完治は難しい、だが病気の進行をすこしでも遅らせないといけない。このままでは進行が早まるかもしれない。」
病院から帰宅後、インターネットで当院を見つけ、検査入院をしないまま来院した。
整体を施し、治療(腱・筋療法)に入り、想像以上に左半身の萎えが進んでいた。
こちらの計算以上に時間のかかる治療だった。
当初は、毎週上京し、一日目に6時間(2回分)、ホテルに泊まり2日目に6時間、治療をして帰る。
それを1年ほど続け、その後、週6時間(2回分)を一年くらい。
その後は週3時間(1回分)になり、1週おきに3時間、月1回(3時間)、3ヶ月に1回と、ご自身で少しずつ回数・時間を減らし、半年が過ぎた。
今ごろ元気に山菜でも採りに出かけていると思います。

元気に育っていると思いきや

お父さんが年に数回来院している。
娘さんが歯の治療に通いだしたある日、「Sちゃんの顎、おかしいから健生で見てもらって来て」(もともと身内の歯科医で、健生の話題もでていたよいうです。)歯医者さんの言う通り顎関節症でした。(左右揃って後方へ変位していた)
「顎はともかく、この筋肉に気が付かなかった?」
「この子の筋肉は’プリプリ’していて、何の不足もないと思っていた」
「うん、プリプリ確かに。でもね~この筋肉は骨を支えていないの、解りやすく言えば’全身肉離れ’状態。動きが鈍かったと思うよ」
「そういえば、剣道を習っていて稽古前の雑巾ダッシュが出来ない。いつも本を持って何かに寄り掛かり、静かにしている。上と下に男兄弟がいる女の子にしては、おとなしくていい子だと思っていた。」
現在9歳なのに13歳用の洋服をつめて着ていた。
顎を治すとき、わずか数秒でも9歳の女の子には我慢できず、3回(3時間内)に分けて治療しました。
その後12回ほど治療をし、途中3、4回目くらいで他のお子さんと一緒に雑巾ダッシュができるようになる。
なにより、9歳用の洋服が着れるようになったことが一番嬉しかったみたいです。
<本を読むのも大事だが元気が一番>と、言って帰っていきました。
その後、お父さんが来院する時は、三人の子供を連れて異常がないか確認しています。

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肩の疾患

症状

しつこい肩凝りを神経からと…

(銀行員・・・当時20代)
大手銀行に勤めていた彼女が来院したときお母様が付き添ってみえました。
私の問いかけに対しお母様が返事をするので『お母様私は娘さんに聞いているの。あなたは耳をふさいでいてください。』「だってこの娘はつい先日まで精神科に入院していて自分が何をしているかも分からないほどおかしくなっているから・・・私の返事では不足ですか?」ときた。『それが娘さんの口をふさぐの』お母様は不満そうでした。しかしこのやり取りが娘さんの口を開けてくれたのです。最初から頭を巡らし順を追って話をしてくれました。そのやり取りを聞いていたお母様が「この娘が順を追って話が出来るなんて・・・」と驚いていました。お母様いわく「夜中皆が寝ているのに一人で起きてお勝手で冷蔵庫をバタンバタンしたりリビングでTVを見たり人の迷惑を考えないので眠れないなら睡眠薬を飲んで早く寝なさいと叱っている。私が言わないと寝ようとしないんです。」
お母様の口から突いて出てくるのは娘さんの行動に対し否定するものばかりでした。
眠れないときは睡眠薬気持ちが落ち着かないときは安定剤とお医者さんに言われた通りに薬漬けにしてしまっていたのです。
私は『お母様の脳みその洗濯が必要ね!明日会社に行くから逆算して夜何時に寝て朝何時に起きては働いている人の行動。娘さんは休職中なんだから何時に寝ようが起きようが関係ないでしょう。まずは時間の呪縛から娘さんを開放して下さい。家の中にいるときは食事も風呂も寝るときも娘さんの行動を一緒に考えないで自由にさせて下さい。それだけは守って下さい。』
治療の都度お母様に噛んで含むように繰り返し上記の言葉を伝えました。そのうちお母様が一緒に来ると娘さんより自分の事ばかり注意をされるのに耐えられなくなったのか娘さんが一人で来るようになりました。そんな頃彼女から「最初は肩凝りが酷くて昼休みにマッサージにかかったり休みの日も通いました。改善がないままどんどん酷くなり肩凝りじゃないのかもしれないと病院へ内科から精神科へ。精神科の先生が”これはまさしく神経から来てる肩凝りだよ辛かったね!入院して治そう”と言われ入院したけど改善はなく周りの患者さんになんで入院しているの?あなたは違うんじゃない?その言葉で私は違う精神病じゃないと枕を持って病院を退院しました。」病院へ通っているときバスの窓から健生の看板を見てここなら治るかもしれないと思っていたそうです。入院する前に来ればよかった。とも後に話していました。
『あなたは大手の銀行で立派に仕事をこなして来たけどよく考えてみて。大手の銀行だからこそ両替を一つとっても軽いものは無かったはず』「はいそうですね」『あなたは銀行員だけれど扱っているものはお金かもしれないけどあなたの仕事はスーパーやコンビニの倉庫係より大変だったと思うよ』「あ!そうか」『重いと思ったら手伝ってもらってもいいんじゃない?』「実は先生1年間の休職願いを出しているんですが後半月しか残っていないのでそれまでに治るかしら?」『何でそれを先に言わないの。でも大丈夫。あなたの心はもう正常よ!会社に行って後一ヶ月でいいから休職期間を延ばしてもらってきなさい。』「あと一ヶ月で治ると言うことですか?」『完治はもう少し先になるけど仕事をしながら辛い時だけいらっしゃい』それから復職した彼女は同僚と一緒に来院。その同僚が「あの時一ヶ月の休職延長を言ってきたとき絶対戻れないと思っていました。事実彼女が戻ってきたとき席はありませんでした。」
それこそ倉庫係を無事2ヶ月こなし席も復帰したそうです。

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